(写真=taa22_Shutterstock.com)
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Culture

伝説の杜氏が若手に託す日本酒の未来「農口尚彦研究所」

2018.11.23
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購入型クラウドファンディングにおいて、酒類は支援者の反響を得やすく、中には高額の資金を調達したプロジェクトも存在します。その一つに、今回ご紹介する「農口尚彦研究所」があります。クラウドファンディングを行った2017年当時で84歳という高齢の「伝説の杜氏(とじ)」※1による、最後の挑戦とされた同プロジェクトは大きな注目を集め、目標金額の100万円を大きく超える2070万円の資金を調達しました。引退を決め現役を退いた農口杜氏はなぜ再び立ち上がりクラウドファンディングを行ったのか、その軌跡を追います。
※1 杜氏(「とじ」または「とうじ」):酒蔵の最高製造責任者

農口杜氏はなぜ再び動き出したのか

「酒造りの神様」と呼ばれ、日本酒好きなら知らない人はいないといわれる農口尚彦杜氏は、戦後の吟醸酒ブームを牽引した醸造家の一人です。

1975年以降、日本酒は長く低迷期を迎え、市場は縮小を続けています。国税庁によると、清酒の酒類等製造免許場数は1970年には3533あったのが2015年には半分以下の1627まで減少しています。近年は、和食がユネスコ無形文化遺産に認定されたこともあって、世界中から注目を集めて輸出し成功を収める蔵もありますが、全ての蔵が「日本酒ブーム」を享受しているわけではありません。

そのような中で、日本酒に付加価値をつけてブランド化し、高価格で販売する小さなメーカーが増えてきており、かつての日本で流通した「安くて酔える日本酒」とは異なる「おしゃれで飲みやすい日本酒」が多く生み出されています。また、全国的に女性杜氏や蔵人※2も増え、日本酒造りへの道を選択する若者も増えつつあります。

一度は引退した農口杜氏を再び立ち上がらせたのは、そういった若者の熱気でした。「夢や情熱を持った若者と酒造りをしたい」そんな農口杜氏の気持ちから始まったこのプロジェクトは、開始早々から注目を集め多くの支援者が集めました。
※2 蔵人(くらびと):杜氏のもとで酒造りに従事する職人

数々の伝説を残す農口杜氏の引退と再開

祖父も父も杜氏だったという農口杜氏は、中学卒業と同時に日本酒の世界へ飛び込みます。27歳という異例の若さで杜氏となった後はいくつかの酒蔵で活躍し、全国新酒鑑評会では金賞を27回も受賞しました。2006年に「現代の名工」に認定され、2008年には「黄綬褒章」を受章しました。

廃れつつあった山廃仕込みを復活させたり、本物の日本酒を追い求めて吟醸酒を造り上げたりと、現代の日本酒界を走り続けた農口杜氏が、日本酒造りから引退したのは2015年のことです。ところが、それからわずか2年後の2017年、石川県小松市に農口尚彦研究所を創設することになります。

研究所の開設には、九谷焼の人間国宝、吉田美統氏が内装や調度品の選定に関わり、大樋焼作家の第十一代大樋長左衛門氏が建築、内装、商品のディレクションを行い話題を呼びました。

農口杜氏が未来に残す日本酒と人材

農口杜氏の精神と技術を受け継ぎたいと、多くの若者が農口尚彦研究所の蔵人募集に応募し、7名が採用されました。内1名は外国人で、このことも大きな話題を呼びました。選ばれた7人の蔵人は出身地も経歴も異なり、中には日本酒造りの未経験者もいました。

また、日本酒造りという伝統の技を効率的に伝えていくために、杜氏は研究所に最新の設備を導入しました。こういった柔軟性を持っているからこそ、農口杜氏は時とともに移りゆく日本酒界を常にリードし続けてこられたのでしょう。そして、クラウドファンディングは成功を収めたのです。時代に合わせ日本酒を造り続けてきた職人が最後に作った醸造所は、美しい田園風景の中にある美術館のような、スタイリッシュな施設となっています。

日本酒の仕込み水には白山連峰からの伏流水を使い、酒米は石川県産の五百万石に加え山田錦や美山錦といった酒造好適米を使用しています。ここで造られているのは、本醸造酒、純米酒、山廃純米酒、山廃吟醸酒、純米大吟醸酒の5種類です。石川県の伝統工芸で使われる5つの色彩「五彩」に合わせて、5つのカラーを使ったパッケージは現代風で、若い年代にも受け入れられやすいデザインとなっています。

2018年に入り、さらに夏酒、秋酒と新酒を造り販売して、クラウドファンディングで大きな反響を得た後も、農口杜氏は精力的に日本酒造りを続けています。

伝統と革新を舌と目で感じてみよう

酒造りの神様と呼ばれる杜氏の古き良き伝統の技に、若き蔵人の情熱が合わさった農口尚彦研究所の日本酒は、公式サイトから通販でも購入できます。

また、農口尚彦研究所では、予約を行えばギャラリー観覧や有料試飲も可能です。クラウドファンディングで支援した人もそうでない人も、農口杜氏の日本酒への愛と未来への希望が詰まった研究所へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

 
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